
たまにはミラノの近況等関係ない昔話など・・・
日本からこのページを読んでいる人も多いと思います。ていうか、イタリアで読んでいる人よりも日本で読んでいる人のほうが断然多いのだけれど、そういう人はおいらがイタリアで生活しているネタの記事を読んで、おいらが非常に語学も優秀な人間だと誤解することもあるようです。実際のところ、学生時代は語学の成績が悪いのに泣かされた過去があるんですね、これが。大学受験の時も、数学と科学で得点を稼いで、英語と国語の不出来をカバーすると言う状況でした。特に英語がひどかったのです。つまり、学生だった頃のおいらの成績で判断すれば、とても外国生活向きの人間ではなかったのです。
大学生時代に、バイトしていたお店の環境などの影響で、名古屋では結構外国人の友人が多くなりました。そういう生活をしていると、(髪の毛をのばしていたことなんかも影響して)日本人の人に名古屋で「どこの国から来たの?」なんて聞かれたことも何度かありました。そういう時は日本語で「日本から来ました」と答えていました。
学校での語学はさっぱりでしたが、名古屋でアメリカ人の友人としゃべっていると、「思ったより(英語が)しゃべれるね」なんて言われることがあり、海外でもなんとかなるんじゃないのかという漠然とした考えを持つようになりました。どうも、洋楽を聞いていたことが、基礎のあやふやな英語力をどうにかこうにか意思疎通の出来る範囲に押し上げる助けになっていたようです。今にして思えば、なかなかにロックな現象です。
そんな学生時代、大学3年生の時だったと思いますが、ロックな英語力と友人の友人達の電話番号だけを頼りに、単身でNYへ2ヶ月の旅行に行きました。当時は、「この旅行中にプリンスのバックダンサーにスカウトされるかも知れない」なんて、おバカな事を言いながら貧乏滞在していたのですが、友人の友人達に大変親切にしてもらい、楽しく世界の中心で過ごしてきました。ただ、この旅行をきっかけに、自分の求めているものはアメリカではなく、ヨーロッパだったという考えに至り、大学卒業後にイタリアへやって来ることになります。
さてさて、現在では自分の子供達が「学生時代」を楽しんでいるわけで、そういう子供達を見ると、それなりに長所短所はあるのですが、まだまだこの先どうなるという具体的なイメージは浮かんできません。自分のことを思い出すだけでも、高校生の頃に自分が海外で(大の苦手な外国語を使って)生活するなんて、まったく想像できなかったからね。
妻は子供達の将来についてすごい心配をするのだけれど、おいらは自分の過去を踏まえて、かなり楽観的なことしか言わないので、意見が食い違うこともあります。でも、自分の小さい頃よりも、我が家の子供達はそれぞれずいぶんしっかりしているようです。語学の成績だって、パパより海外生活向きのようですよ。

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