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連載小説 その2


彼女が始めて彼と会ったのは、ミラノで働き始めて2ヶ月目のある水曜日。時々仕事帰りに食べに来るボローニャ出身の若者で、1人暮しをしていた。

仕事を始めて間もない頃は、ウェイターの見習いをしながら日本人の団体観光客が来るときの接客担当が主な役割だった彼女も、彼が来店した時にはもう自分で注文を聞けるようになっていた。そして、彼がいつも陣取る2人用のテーブルは彼女の担当だった。
「飲み物は何にしますか?」「ガス水で。」そんな何気ない言葉の遣り取りから2人の恋は始まった。少なくとも彼女にはそう思えた。「2皿目はお決まりですか?」「はい、ポルペッテとパターテ・アル・フォルノを願いします。」そんなさりげない言葉の中に彼女には何か感じるものがあった。「きっとこの人は、ポルペッテよりもパターテ・アル・フォルノが食べたいんだ。私には分かる気がする。」

「1皿目はお決まりですか?」「えーっと、じゃあ、ペンネのカルボナーラを。」初めての来店から数ヶ月が過ぎたその日の2人はいつもと変わりなく見えた。思いがけない展開からイタリアで働くことになった彼女も、最近では仕事で使う言葉には不自由しないようになり、少し心にゆとりが感じられるようになったところだった頃。ルームメイトともすっかり仲良くなり、不安で一杯だった毎日が、楽しみを発見する毎日になっていく、そんな状態に差し掛かっていた頃。
切り出したのはやはり彼女の方だった。「今日のデザートは何がありますか?」「チョコのトルタにティラミス、レモンのシャーベット、季節の果物、それと...私。」
唐突な彼女のジョークに100メートル先からでも分るほど赤面してしまった彼が、ワイングラスを手にしたまま石のごとく固まって時間が止まった。止まった時間の中で、彼女は彼の答えにある確信を持っていた。彼女は止まった時間の中で、その言葉を待っていた。どのくらい2人は見詰め合っていたのだろう、止まっていた時間から戻ってきた彼がやっと口にした言葉、「それじゃあ、結婚しようか?」

2人は結婚することにした。

彼女の人生はまた新たな展開、それも猛スピード。結婚式は市役所内の教会ですることになり、あわただしい準備の日々がはじまった。午後はお店の近くの教会で「結婚について」の勉強会が3ヶ月も続く。そうだ、イタリアはカトリックの国だったのだ。そして婚約から半年後の日に結婚式の日取りも決り、突然に思えた彼女の「婚約」も段々現実味を帯びてきた。ただ、正直なところ、勉強会での神父さんのお話は、彼女の語学力では全く歯が立たないことが分かった。

日本で彼女の捜索願を出していた父の所に、思いがけず本人の彼女から結婚の知らせが届いた。
何がなんだか状況がよく把握できない父は、即日会社に休暇届を出して、妻と供に初めてのイタリア行きを決意した。最初に立ち寄った旅行会社の窓口で接客してくれた女の子に勧められるまま「ミラノ6日間お買い物プラン」というツアーで出国することになった。


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2010年02月04日 07:48に投稿されたエントリーのページです。

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