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連載小説『無顔的男』 アーカイブ

2010年02月16日

新連載小説 第一話


 男には顔が無かった。抽象的な意味で言うのではなく、物理的に人の首の上 にのっかっているはずの、まさに顔が欠落していたのである。
 もちろん今まで男が過ごして来た人生は平凡なものではない。何しろ顔が無いのである。小さい頃はいつも友人たちの好奇心の的になった。いじめられることも幾度と言わずあった。引っ込み思案だった男が少し心を開くようになったのは、ちょうど思春期に差し掛かるころだった。
 慣れたのである。自分と他人の違いについてはいやと言う程よく分かっていた。が、人からじろじろ眺められることに慣れた、やっと開き直ることが出来たのである。人は誰でも大小さまざまな特徴をもっている。自分のそれはちょっと特別なだけだと考えるようにした。
 もともと体を動かすことが好きだった男は、中学、高校とサッカーのサークルで友達を作った。こんなエピソードがある。サッカーチームの監督が、いつもは中盤でプレーしている男の俊足に目をつけて、「おい、ちょっとオフェンスでやってみないか?」と声をかけたとき、「いや、前はちょっと.... だってヘディングでゴールがねらえませんから。」いつもは厳しい監督が珍しく笑った。男の存在はチームのムードメーカーとしても重要な役割を果たすようになり、友達の間でも信頼は厚くなった。


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2010年02月18日

新連載小説 第二話


明るい性格として友達に打ち解けつつ、それでいて少し皮肉っぽいところのある若者になった男が、今の妻にはじめて会ったのは仕事をするようになって2年目の秋だった。それまでに付き合った女性とは、必ず同じような分かれ方をした。好意を持ってもらうのは分かっても、気を使ってくれ過ぎることに疲れてしまうのである。そう、顔が無いということの呪縛。そうして、関係が傾いてきても、相手にはなかなか彼の気持ちを察してもらえないじれったさ。なにしろ、相手は彼の顔色が読めないのだ。

 ある日サッカーをしていた頃の友人宅でちょっとしたパーティーがあった。そこで知り合ったのが妻だった。招待してくれた友人の大学の時のクラスメイトで、よく遊んでいたグループの一人らしかった。派手なところは無く、とてもさばさばした印象だった。話をしているうちに職場が近いことが分かり、その後たまに昼食を一緒にするようになった。始めてあった日から気楽な感じで接していたのが良かったのか、2人はお互いに気を使いすぎることもなく、ずっと前から知り合いだったような気がするほどお互いが理解できるようだった。ヨーロッパのカルチョTV観戦が共通の趣味だったが、昨年彼女がバルセロナまで観戦にいったと聞いて、男はちょっと驚いた。


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2010年03月01日

新連載小説 第三話


「TVに出てみない?」ホントに何でもない事のように妻はその言葉を口にした。
「なんで....」
妻の友人でTV局で仕事をしている人がいる。なんでもその人が、日曜の朝のバラエティ番組の企画に関わることになり、ちょっとしたコメンテーター的な役どころを、もし気が向けば彼に引き受けてほしいとのことである。一般人の枠で、適当な文化人に当ってみているところなんだけれど、知人の間で『気が利いたことを言う』と評判の男にも声をかけたということだった。
「なんで.... 一般人て言ったって、オレなんかホントにただのサラリーマンだぜ、それなのになんで....」
男にはわかっていた。『気が利いたことを言う』と評判だなんて、わかりきった言い訳に過ぎない。「要するにオレにTVの客寄せピエロをしろってことか。」
いくら自分では普通に”普通の人”として生活していても、時々地雷を踏んでしまうような感覚に襲われる。顔が無い男が『気が利いたこと』を言えるのは、相手が男と普通の人間関係を持った上でのことである。TVの中の男は、必然的に”顔が無い男”として認識され、”彼の発言”は”顔が無い彼の発言”となることは、あまりにも明らかなように思えた。
「そんなこと心配してたの?あなたらしくもない。」うまく言って断ってもらおうと話をしていた妻の返事は意外なものだった。
「世間ぐらい飽きっぽいものなんて無いんだから、珍しがられることなんて始めのうちだけよ。」
「....そうゆうものかなあ、じゃあ、もうちょっと考えてみるか。」
結局男はその話に前向きな返事をした。ああだこうだと考える前に、試してみるだけ試してみようと考えた末の決断だった。

いったん肯定的な返事をすると、急に気が楽になった。もうあとは出たとこ勝負。男は1年後の自分を想像しては、当たり前のように日曜の朝はTVに出て『結構気が利いたこと』を言っている姿を思い描くようにさえなった。


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