連載小説 その1

彼女達の観光バスが、イタリア・ツアー・ミラノ宿泊日の夕食のためにそのピッツェリーアに着いたのは予定より13分遅れ。がやがやとバスから降り、横断歩道のない大通りを横切り店内へ。一応薪釜の店だけど、一見してファミレスタイプのモダンだが飾り気のない店内だった。彼女は、雰囲気的に少し期待外れな印象を持ったまま、味の方は期待に応えてくれることを望んでいる自分に気付き、笑みを浮かべながら指定されている予約テーブルに着いた。
ツアーで旅行中といっても、一人で応募して来ている彼女は、特に話し相手になってくれる人もいないため、静かにメニューから何を頼もうかと考えていたところ、ガイドの人が「既に団体扱いで、全員分同じメニューをオーダーしてあります」と、彼女達のテーブルにも伝えに回ってきた。どうやら、バスを降りる前に伝達すはずのところ、言い忘れていたらしかった。ともかく、彼女は何もなかったかのように静かにメニューを閉じることになった。
好きなものを注文できないのはちょっと残念だけど、ツアーの旅行なのでこんなものかと気を取りなおし、スプマンテが運ばれてきたところで同席の皆で乾杯した。
ミラノだからミラノの料理かと思っていたら、ナポリ風のアンチョビ・ピザがテーブルに運ばれて来た。同じイタリアだからこんなものかと納得して今回ツアー初のピザを完食。テーブルの他の女の子達は半分くらいしか食べていなかったので、自分の食欲にちょっとびっくりしつつ、デザートにティラミスも食べ、すっかり満足した彼女は、同席の女の子達にことわってトイレへ席を立った。先日、自由時間に立ち寄ったローマのバールの洗面所は、ちょっと汚くてびっくりしたばかりだけれど、この店のトイレは思ったよりきれいだったので安心した。
安心も束の間、トイレから戻って来た彼女は、がらんとした店内にびっくり。
「えっ、そんな」
一瞬考えがまとまりかねたので、自分の座っていた席に戻って状況を理解しようと試みた。
「これって私、置いてけぼり?」
ツアーで来たミラノで突然一人ぼっちになった彼女の頭をさまざまな考えが猛スピードで走り抜ける。
「とりあえずパスポートは持っているけど、イタリア旅行も終盤のミラノだからあいにく手持ちのお金はあとわずか...」
「飛行機の切符は旅行会社の人がまとめて持ってたからここにはないし、知ってる人がいないから誰に相談してよいものかも分らないし...」
「走馬灯のようにとは、こういうパニック時の思い出の行進なんだ」と自分の新発見を、口に出さずに心の中で考えているとき、先程から一人で店に残って考え込んでいる彼女を見守っているウェイターのおじさんと目が合った。
決断は早かった。おもむろに立ち上がると、彼女に同情的な笑顔を絶やさないウェイターの所につかつかと歩み寄った。そして英語で開口一番「ここで働かせてください。」
思わぬ展開に、状況がよく分らなくなってしまったウェイターの顔色が変る。「ちょ、ちょっと待ってて下さい」とイタリア語で言うと、奥のレジの方に行って誰かと話している様子だった。しばらくすると、落ち着いて待っている彼女のところへ、ウェイターと一緒に店主らしい人が姿を現した。そして一言「いいだろう」と言った。
彼女の新しい生活が始まった。店主の娘のアパートに間借りして、夜はピッツェリーアで働く日々が始まった。言葉の問題があるので、働くと言ってもウェイターのアシスタント的な感じでしばらく試してみることになった。
いざ全く新しい生活を始めてみると、思いの他戸惑う事も少なく、快適な環境に恵まれている実感がわいて来た。まず仕事がピッツェリーア/リストランテなので、毎日プロの作るおいしいご飯が食べられる。問題の言葉の方も、1歳年下ののイタリア人の女の子の部屋にホームステイしているので、めきめきと上達するのを彼女自身も楽しんでいた。それに、「ポケット旅の5ヶ国語」の”イタリア語/レストラン編”のページがとても助けになった。
